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エージェンティックコマースの現状:先進小売企業5社の知見

小売業界5社が語る戦略・課題・未解決の問い

Holly Worst, VP - Retail at Adyen.
Holly Worst  ·  Adyen
2026年5月17日
 ·  5 分

昨夏、米国の大手スポーツ小売企業は、ある想定外の出来事に気づきました。AI検索エンジン「Perplexity」が自社との直接統合なしに、一時的なバーチャルカードを使ってサイト上での購入を完了させていたのです。画期的な技術でしたが、実際には小売企業・顧客・Perplexityのいずれにとっても課題がありました。

小売企業は実際の決済手段を把握できず、顧客の特定や将来的な再認識もできませんでした。

また顧客にとっては、カード明細に加盟店名ではなくPerplexityの名前が表示され、購買体験とブランドのつながりが分断されました。

そしてPerplexityは、カードを発行したことで事実上の販売主体となり、他社の取引にもかかわらず、チャージバックの責任を負う立場となりました。

現在は、こうした問題に対処するために ACP(エージェンティックコマースプロトコル)やUCP(ユニバーサルコマースプロトコル)が登場し、AIプラットフォームと小売企業の連携におけるより明確なフレームワークの整備を進めています。しかし、この事例が浮き彫りにした本質的な課題は依然として残っています。新しいコマースの仕組みが急速に進化する一方で、それを支えるインフラや運用上の取り決め、信頼の仕組みが追いつかなければ、必ずどこかで問題が生じます。 この課題に先進的な小売企業がどのように向き合っているのかを探るため、米国で事業を展開する5社のテクノロジーおよびコマース部門の責任者に話を聞きました。対象は以下の5社です。

  • 小売企業A:ファッションブランド(年商約5億米ドル)

  • 小売企業B:スポーツ・アウトドア小売企業(年商約15億米ドル)

  • 小売企業C:ラグジュアリーファッションブランド(年商60億米ドル超)

  • 小売企業D:アパレル小売企業(年商50億米ドル超)

  • 小売企業E:フットウェアブランド(年商40億米ドル超)

本記事では、以下の内容を解説します。

  • エージェンティックコマースの3つのアプローチ

  • AIプラットフォームにおける商品露出

  • 購入ボタンの裏側に潜む課題

  • 顧客関係の主導権の所在

  • 本格普及前に整備すべき基盤

エージェンティックコマースの導入をご検討の方は、お気軽にお問い合わせください。

エージェンティックコマースの3つのアプローチ

多くのブランドがすでにAIインターフェイスからのリファラルトラフィックを計測しており、その規模は月を追うごとに拡大しています。絶対量としてはまだ小さく、多くの場合1%未満にとどまっていますが、AI経由のトラフィックは従来のオーガニック検索と比べて最大6倍のコンバージョン率を示しています。

ここに商機があるのは明らかですが、小売企業にとっての課題は、それをどのように実務に落とし込むかという点です。

今回取材した5社はいずれも、商品フィードの精査、API確認、社内体制の整合など、実装に向けた基盤はすでに整っています。実際の構築における、各社のエージェンティックコマースへのアプローチは以下の3つに分類できます。

  1. 自社開発 小売企業A(欧州発ファッションブランド)は、独自のECプラットフォームを運用しており、高い柔軟性を備えています。同社のCTO(最高技術責任者)は、ACPのような新しい仕様への対応に要する開発期間は1日程度と見込んでいます。すでに社内では、翻訳や商品説明を担うAIエージェントを構築し、カスタマーサービス担当エージェントへの注文・配送情報の提供を目的としたMCP(モデルコンテキストプロトコル)も開発しています。

  2. コマースプラットフォーム動向の見極め 小売企業D(米国大手アパレル小売企業)と小売企業E(グローバルフットウェアブランド)は、自社で多くのエンジニアリングリソースを投入する前に、利用しているコマースプラットフォームのAI対応が今後どのように進化するのかを見極めようとしています。

  3. 自社開発と動向の見極めの両立 小売企業B(米国大手スポーツ・アウトドア小売企業)と小売企業C(グローバルラグジュアリーファッションブランド)は、前述の2つのアプローチを組み合わせたハイブリッド型です。自社開発を進める一方で、外部パートナーの動きを踏まえながら意思決定を行っています。現時点での対応範囲には限界があり、エージェンティックコマースのプラットフォームも依然としてクローズドベータ段階にあるため、本格的な提供時期は明らかになっていません。

AIプラットフォームにおける商品露出

小売企業との対話で最も多く寄せられる質問のひとつが「ChatGPTやGeminiに自社商品を表示させるにはどうすればよいか」というものです。答えは二つの領域に分かれます。自社がコントロールできる領域と、未だ発展途上の領域です。

自社がコントロールできる領域の中心は、商品フィードです。AIプラットフォームが商品を的確に表示するには、正確で構造化された商品データへのアクセスが不可欠です。

多くのブランドはすでにGoogleやMeta、その他のパートナーに商品フィードを送信していますが、エージェンティックコマースではより高度な要件が求められます。現在台頭しつつある、OpenAIが関与する「ACP」とGoogleが関与する「UCP」は、既存の商品フィードには含まれていない項目を必要とします。具体的には、より詳細な商品説明、追加のメタデータ、そして機械が確実に参照できる構造化データなどです。

さらに状況を複雑にしているのは、両プロトコルが未だ発展途上にあることです。今日「AIエージェント対応済み」とされる仕様が、6ヵ月後には変わっている可能性もあります。そのため、特定の仕様に最適化するのではなく、複数の仕様に対応できる柔軟性を備えることが重要です。

小売企業E(グローバルフットウェアブランド)は、自社のエージェンティックコマース戦略を3つのレイヤーで整理しています。

  1. 自社サイト:商品の発見性とショッパーエージェントへの対応

  2. サードパーティのAIインターフェイスとSNS:あらゆる顧客接点で購入可能な状態を構築

  3. 社内オペレーション:マーチャンダイジング、開発、品質保証を支援するAIエージェントの活用

商品フィードが整備された後、アルゴリズム内部で何が起きているのかは、まだ完全には解明されていない領域です。小売企業D(米国の大手アパレル企業)はこの点について次のように述べています。

「消費者がAIエージェントに特定のカテゴリの商品を求めた際、自社商品が優先的に推奨されていると、どうすれば確証を持てるのでしょうか。」

商品フィードをAIサーフェスに送信することは前提条件にすぎません。その後、アルゴリズムがデータをどのように処理しているかについては、依然として不透明な部分が多く残っています。

Adyenでは、OpenAIやGoogleをはじめとするプラットフォームパートナー各社と直接連携し、商品がどのように表示・ランキングされるのかの解明に取り組んでいます。そして、その全体像が明らかになり次第、得られた知見を共有していく予定です。

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エージェンティックコマースと商品フィード:小売業におけるAI時代の実践ガイド

購入ボタンの裏側に潜む課題

エージェンティックコマースを支えるインフラの整備は着実に進んでいます。イシュアー(カード発行会社)やカードネットワークは、AIエージェント経由の取引を既存の枠組みにどのように統合するかを検討しており、決済エコシステム全体もその変化に追随しつつあります。ここで重要なのは、企業側がどれだけ準備を進めていようとも、現時点で実際に何が実現可能かは、この決済インフラの進化状況によって決定されるという点です。現段階においては、主に以下のような課題が浮き彫りになっています。

動的なチェックアウトプロセス

従来のチェックアウトは、顧客が購入ボタンをクリックした瞬間に注文が確定し、決済が行われるという、単一の意思決定を前提に設計されていました。しかし、AIエージェントによるチェックアウトは全く異なります。AIエージェントはセッションを通じて在庫、価格、税額などを継続的に照会し、顧客のリクエストが変化するたびにリアルタイムで再計算します。そのため、単一のチェックアウトを前提とした従来のシステムでは、こうした継続的で動的な処理への対応が難しくなっています。

1取引につき1商品しか扱えない現行プロトコル

現在のプロトコルは1回の取引で1商品しか扱えず、多くのブランドの販売形態や消費者の購買行動とは合致していません。例えば、小売企業Dの顧客はTシャツ数枚・ジーンズ1本・スニーカー1足といった複数アイテムをまとめて購入する傾向があります。一方、小売企業Cは、複数商品を顧客に送付し、購入を希望したものだけを決済するという返品前提のモデルを採用しています。このように、現時点のテクノロジーは実際のコマースのあり方に追いついておらず、ブランド側はその制約に合わせてシステムや体験を設計せざるを得ない状況にあります。

各レイヤーの主導権

アーキテクチャに関する意思決定は、複雑性を増す要因となっています。コマースプラットフォームから大量の商品データを直接取得すると自社サイトでの処理速度が低下し、顧客の購買体験を損ないます。そのため小売企業Cは、商品フィードをコマースプラットフォームから直接送るのではなく、外部のアグリゲーションツールを介し、そのツールを負荷を吸収するバッファとして機能させています。長期的には、基幹の商品カタログへの直接API接続を構築する計画です。

一方、小売企業Bは、コマースプラットフォームのMCPレイヤーを活用して開発スピードを優先するのか、それとも自社開発し長期的なコントロールを維持するか、そのバランスを評価している段階です。

顧客関係の主導権の所在

顧客関係の主導権をめぐる問いは新しいものではありませんが、その重要性はかつてないほど高まっています。ソーシャルコマースの登場時にも、小売企業は同様の課題に直面しました。インターフェイスが他社に属する世界において、自社の立ち位置をどう確立するかという問いです。小売企業はこれに対し、主導権を大きく失わずにソーシャルコマースへ参入する方法を見出してきました。エージェンティックコマースでは、その重要性はさらに高まります。ソーシャルコマースでは、可視性を失えば売上を失います。しかし、AIインターフェイスに顧客関係の主導権を奪われれば、それを二度と取り戻せない可能性があります。小売企業AのCTOはこの懸念を次のように表現しています。

「私たちが懸念しているのは技術的な失敗ではありません。むしろ、商品情報をAIインターフェイスに供給するだけのバックエンドのコモディティとなり、顧客の購買体験がそのインターフェイス内で完結してしまう世界です。その結果、長年かけて築いてきた顧客との関係は、静かに失われていく可能性があります。」

この懸念の中心には、実務的な課題があります。顧客がAIインターフェイス経由でブランドを発見した場合、どのようにアカウントにログインするのか、そしてそのインターフェイスは、注文履歴やロイヤルティポイント、保存された設定などをもとに既存顧客としてどのように認識するのかという点です。

サードパーティのインターフェイスを通じて顧客との一貫した関係を維持することは、現在のエージェンティックコマースにおける最も難しい課題の一つです。

小売企業Eのこの課題への対応は、どの顧客接点でもブランドとして対応できる状態を構築することです。自社サイト、サードパーティのAIインターフェイス、そして社内オペレーションにわたりエージェンティックコマース戦略を同時に進めることで、すべての接点における主導権の維持を図っています。

本格普及前に整備すべき基盤

エージェンティックコマースはまだ黎明期にあります。OpenAIはこの状況を「飛行機を操縦しながら、その機体を組み立てているような状態」と表現しています。AIプラットフォームも依然として試行錯誤の段階にあり、取材した小売企業では、次のような取り組みを通じて基盤の整備と知見の蓄積に注力しています。

小売企業Cは、自社サイトをLLM(大規模言語モデル)のクローラーに開放し、ボット管理プラットフォームを活用して、AIエージェントごとにアクセス可能な範囲や条件を制御しています。

小売企業Aは、米国事業を規制面での検証の場として活用しています。EUでは自律型AIによる決済に対する規制のハードルが高いため、米国に事業を展開するブランドの多くは、米国を主要な検証の場と位置づけ、何が機能するのかを見極めています。

また、一部の小売企業は、クローズドベータ版の本格的な一般公開前を、知見蓄積の期間と位置づけ、即時決済の実現を待つ間、自社アプリを経由した購入フローの検証を進めています。

5社はいずれも、現段階では取引量はごく限定的にとどまると認識しています。そのため、市場が本格的に拡大するタイミングに備え、体制を整えておくことが重要だと考えています。

小売業界を支えるAdyenの取り組み

AIプラットフォームへのアクセスやプロトコル、エコシステムはいずれも発展途上であり、現時点での意思決定には大きなリスクが伴います。そのため、長期的な成功を見据えるブランドは、拙速な判断を避けながら試行錯誤を重ね、変化に柔軟に対応できる体制を整えています。

Adyenは、エージェンティックコマースの台頭によって顧客関係の主導権が失われるべきではないと考えています。私たちは、消費者がどのAIプラットフォームを経由しても小売事業者が主導権を維持できるインフラの構築を目指し、ACPやUCP、そして今後登場する新たな規格への統合を進めるとともに、一度の接続で複数のプロトコルに対応できる仕組みづくりを進めています。

また、Adyenは「Agentic AI Foundation」に参画し、「GoogleのAgent Payments Protocol」の策定に協力するとともに、「x402 Foundation」の創設メンバーとして活動しています。こうした取り組みを通じて、基盤が整備される段階から小売事業者のニーズが確実に反映されるよう、業界パートナーとの連携を強化しています。

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