近年、「オムニチャネル(Omnichannel)」という言葉を聞く機会が増えたと思います。小売業界におけるマーケティング用語の1つですが、日本でこの用語が広く使われ始めたのは2010年代半ばのことです。
「チャネル」とは顧客との接点となる経路を指す言葉ですが、販売経路だけを見てもリアル店舗からEコマース、宣伝媒体も従来の“チラシ”からネット広告、SNSまで、さまざまなものが存在します。それらを統合し、さまざまな角度から顧客と接触することで販売機会を増やしていくことが重要になります。オムニチャネル戦略はその手法の1つですが、類似用語である「マルチチャネル(Multichannel)」と比較しつつ、その違いや戦略上のポイントを整理します。
オムニチャネルとマルチチャネルの違い
近年、顧客の買い物スタイルは非常に多様化しています。リアル店舗に出向いて買い物する前にオンライン上で実際の商品の有無をチェックしたり、あるいは店舗で実物を確認した後に注文自体はモバイルアプリ上で済ませ、手ぶらで帰宅するといったことも珍しくありません。飲食店などでは、事前にモバイルオーダーで注文と決済を済ませておくことで、長いレジの待ち行列をスキップして素早く商品を受け取ることも可能です。コロナ禍を経て、こうした仕組みはさらに拡大し、米国では「カーブサイドピックアップ(Curbside Pick-up)」というEコマースで注文した商品をリアル店舗の駐車スペースで受け取るといったサービスが出現しました。フードデリバリーサービスの利用が急増したのもこの時期です。
このように、チャネルというのはニーズによって利用スタイルが変化し、顧客はその時どきで最適なチャネルを適時選択し、必要に応じて組み合わせたり、途中で違うチャネルへと遷移していきます。コロナ禍での買い物スタイルの変化もそうですが、仲間内での情報の伝播速度が速く、トレンドに敏感な若年層はそうした傾向が強いといえるかもしれません。
顧客がEコマースを含む店舗の存在を認知し、商品を閲覧・検討し、実際の購入に至るまでに複数のチャネルを通過します。こうして複数のチャネルを用意して接触機会を増やすマーケティング戦略を「マルチチャネル」と呼んでいます。基本的に接触機会を増やすことを目的としているため、ブランドの立ち上げ時期であったり、既存店舗が特定商品の宣伝を行う、あるいは中小の小売が顧客を呼び込むためにダイレクトメールや広告を活用するケースなどが、マルチチャネル戦略に該当すると考えられます。
対して、「オムニチャネル」はより戦略的だといえます。マルチチャネルが接触機会を増やすためにチャネルを活用するのに対し、オムニチャネルでは対応するすべてのチャネルを統合することで顧客の買い物体験そのものを向上させることを主眼にしています。先ほどの「リアル店舗で商品をチェックして注文自体はオンライン」などが典型ですが、例えばリアル店舗で家具を購入してそのまま持ち帰りたいという顧客ばかりではないため、複数の購入手段を用意し、それらを互いに連携させる仕組みがあると便利です。「オムニ(Omni-)」とは「すべて」を意味しますが、用意しているチャネル全体で顧客の購買行動をカバーするのがオムニチャネル戦略の特徴です。
両者の違いについて、マルチチャネルは「ブランディング重視」、オムニチャネルは「顧客重視」と表現されることがあります。マルチチャネルを突き詰めることでオムニチャネルになるといえますが、商品宣伝やブランドの立ち上げ時期においてマルチチャネル的な手法が求められる場合もあり、上手く使い分けることが重要だといえます。
ユニファイドコマースへの進化
これらチャネルマーケティングのほかに、「ユニファイドコマース(Unified Commerce)」という用語があります。ユニファイドコマースとは、オムニチャネルの仕組みを向上させ、すべての顧客対応システムとバックエンドシステムを一元的なプラットフォームで統合する仕組みのことです。
前述の通り、オムニチャネルとは、オンラインとオフラインで分離された2つのチャネルの統合です。「Adyen Japan 2023リテールレポート」によれば、両者の購買をシームレスに切り替えたいとの消費者の回答は前年対比で36%増えています。また43%の顧客はよりパーソナライズされた割引や特典を提供する小売を好むという結果も出ており、これを実現するための仕組みも重要となります。
ユニファイドコマースではこうした顧客満足度を高める仕組みを実現するとともに、チャネルの垣根を取り払い、融合するメリットがあります。その結果、例えば不特定多数にダイレクトメールを送信するのに比べ、顧客情報を統合・整理することで属性を理解し、より適切な方法でアプローチする方が効果が高くなります。
ユニファイドコマースではリアルタイムでの在庫管理や流通網の整備も重要です。結果として次のような効果が期待できます。
リアル店舗が欠品状態だとしても、顧客をEコマースへと誘導することで他店への流出を防ぐ「エンドレスアイル(商品が実店舗で品切れしていても、その場で自社ECサイトから同じ商品を注文できるサービス)」の実現。
Eコマースへの誘導過程で顧客の最寄り店舗や倉庫からの翌日配送を可能にすることで顧客満足度の向上。
同様に、商品の受け取り方法も多様化しています。先ほど「カーブサイドピックアップ」の例を挙げましたが、スーパーを含む一般的な小売店舗のほか、ファーストフードなどの飲食店でもオンラインでオーダーを確定しつつ、実際の店舗で待ち時間なく商品を受け取るという仕組みが広がっています。この仕組みを「BOPIS(Buy Online, Pick-up In Store)」と呼んでいますが、これを処理するための受注システムや体制の整備が必要になります。今日のユニファイドコマースを考えるうえで欠かせない要素の1つになります。
マルチチャネルの進化がオムニチャネルであり、オムニチャネルを突き詰めていった結果がユニファイドコマースといった具合に、小売が販売戦略を強化していく過程を表現したマーケティング用語といえます。一方で、小売が業容を拡大するなかで顧客中心の視点へとシフトし、さらにその満足度を高めようとする過程で何が必要になるのかを示しており、先行して導入している企業の事例は非常に参考になります。
オムニチャネルの実践
最後に、実際にAdyenを利用してオムニチャネルを実践している事例を紹介します。「HUGO BOSS」はドイツを本拠地とする世界的なファッションブランドで、多数のリアル店舗とECサイトをグローバル展開しており、双方の購買体験をシームレスにつなぐ仕組みを構築しています。
ポイントとして、オムニチャネルで重要となるパーソナライゼーションの仕組みを実現していること、オンラインで問題となる不正利用対策を強化していること、そして柔軟な支払い手段の提供が挙げられます。既存店舗の一部では「シェルフサイド・チェックアウト(Shelfside Checkout)」と呼ばれる、接客した店員が顧客のいるその場で会計を済ませることが可能な決済端末を採用しているほか、Adyenが提供する「Pay by Link」によって決済用のリンクを生成、メールやチャットツールで送信し、顧客がオンライン状態であればどこからでも支払いができる仕組みを用意しています。これは、例えばコールセンターにおいてサポート対応で支払いが発生した場合などに、すぐにリンクを生成し、支払い誘導を可能にします。顧客がオンライン経由でサービスを利用することを想定したもので、オムニチャネル実践の一環で実現したものといえるでしょう。
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