記事

決済の大きなパラドックス:情報の非対称性を克服する方法

不正利用の手口が絶えず進化する現代において、決済処理に関わるすべての関係者が正当な取引を妨げることなく不正利用に対抗できる、体系的なアプローチが求められています。

Carlo Bruno, VP Product - Data, at Adyen.
Carlo Bruno  ·  Adyen
2025年3月23日
 ·  15 分

決済処理の中心にあるのは情報です。加盟店(マーチャント)、リスクシステム、アクワイアラー、認証エンジン、そして決済代行業者(PSP)のすべてが、決済に伴うリスクを評価し、軽減しようと努めています。入手可能な情報が不十分な場合には、この決済チェーンにおけるいずれかの関係者が、内部の意思決定のロジックに基づいて取引をブロックすることがあります。そしてこれらの関係者はすべて、限られた情報に基づき、そうした意思決定を行っています。

これがコンバージョン率に影響を及ぼし、売上機会の損失につながります。当社のデータによると、取引がどこかの段階で承認されないために、最大で顧客の9%が決済時に支払いができないことが分かっています。さらに、不正利用による損失も深刻です。ある調査では、収益の最大3%が、不正取引によって損なわれているケースも確認されています。

こうした問題に対し、決済業界は情報の「非対称性」を低減しようと取り組んできました。その結果として導入されてきたのが、ネットワークトークン、3Dセキュア2.0(EMV 3-Dセキュア)、デジタルウォレットなどのテクノロジーです。

決済チェーンの関係者が協力しながら情報格差を埋めようとしていますが、これは、より良い決済エコシステムそのものを再構築するチャンスでもあります。

限られた情報による複雑な責任の扱い

決済処理では責任(ライアビリティ)の扱いが複雑です。多くの場合、該当の決済手段のユーザーが真の所有者であるかどうか(正確かつ安全な処理を行うために不可欠な情報)について、チェーン内の関係者は、困難な中で的確な判断を下さなければなりません。

入手可能な情報が不十分な場合に、追加の証拠を入手して所有権を確認しようとすると、通常は顧客にとってのフリクションを増やしてしまいます。余計な入力フィールドや煩わしい認証チェックが増えるごとに、「カゴ落ち」も増えるでしょう。

顧客が利用する発行銀行(イシュアー)も、決済処理チェーンの最終段階で同様の問題に直面しています。たとえチェーンの各段階で関係者が正確な評価を実施していたとしても、イシュアーは、単に情報不足を理由として取引リクエストを拒否することがあります。決済は、不正利用リスクシステムを難なく通過している場合もギリギリのところで通過している場合もあるでしょうが、そうした判断の背景はチェーンの最後にいるイシュアーには共有されません。

たとえイシュアーが不正利用の防止と取引の促進を両立させたいと考えている場合でも、情報が限られていると、不正利用を優先せざるを得ないことがよくあります。

この「決済のパラドックス」の実例を挙げましょう。米国では、認証が成功したという理由だけで、不正利用の疑いがあるとしてイシュアーが取引を拒否するケースも頻発しています。実際、3Dセキュアを通過した取引の承認率は、通過しなかった取引と比べ、承認率が8%低くなっています。

誤検知を減らしながら正当な取引を守る

不正利用犯が次々と新しい手口を生み出す世界では、決済処理に関わるすべての関係者が不正利用行為に対処すると同時に正当な取引を妨げないような体系的なアプローチが求められています。

決済チェーン内では多くの関係者がばらばらに関与している結果、複雑化が進んでいます。特に、すべての意思決定と情報交換は、断片化されたシステムやインターフェースを介して迅速に行われる必要があるため、余計に話が複雑になります。

多くのデータはリアルタイムで生成されます。その例として、顧客がオンラインまたはアプリ上で決済方法を表示する際のデバイス情報、顧客のジャーニー、行動指標などが挙げられます。これらのデータは、決済の最適化と正確なリスク評価を行う上でカギとなります。

こうした情報の非対称性を解消することこそが、取り組むべき課題です。そのためには、以下の2つのアプローチを組み合わせることが有効です:

  1. 明確な確認情報の取得:該当の顧客が提示された決済方法の「正当な所有者(利用権限がある本人」であることを示す明確な証拠を取得し、それを決済チェーン全体で共有します。

  2. 信頼のおけるパートナへの判断委任:決済の中で、最も多くの情報を持つプレイヤーに他の関係者が判断を委ねることで、エンドユーザーに追加の負担をかけることなく、適切な判断ができるようにします。

ユーザーの身元を明確に確認

ユーザーの身元情報を取得できれば、そのユーザーが提示した決済方法の正当な利用者、つまり所有者であるということの強力な証拠となります。そして、そのカギは実は私たちのポケットの中、つまりスマートフォンにあります。

スマートフォンは数少ない「個人にひもづいた」デバイスであり、他人と共有されることがほとんどないため、所有者を証明する手段として非常に有効です。

シームレスな決済認証は、顧客体験の面でも魅力的です。顧客がスマートフォンをはじめとしたモバイル端末を使用する際の安全対策として生体認証を採用するようになるにつれ、決済時にも同じように、スムーズで煩わしくないセキュリティが求められるようになってきています。

デジタルウォレット

AppleやGoogleが提供するデジタルウォレットは、本人認証の課題に直感的な形で対応しています。ユーザーのスマートフォンに搭載された顔認証(Face ID)や指紋認証機能により、決済手段の所有権の情報をシームレスに収集し、検証します。追加の認証ステップによってユーザーにストレスを与えるのではなく、デジタルウォレットは「離脱ポイント」を、簡単・高速・安全なチェックアウト体験へと変えているのです。

この仕組みにより、アクワイアラー、クレジットカードの国際ブランド、イシュアーなどの関係者は、端末上で取得された所有証明(暗号情報)を、従来のSMS認証やアプリ内認証と同等、もしくはそれ以上に信頼できるものと見なすようになりました。その結果、不正利用リスクに対処する責任が加盟店からイシュアーへとシフトしつつあります。それはデータにも表れており、ウォレットの不正利用によるチャージバックは、未認証のトラフィックと比較して、85%も少ないという結果がでています。

このように、スマートフォンの生体認証を活用すれば、決済のセキュリティを大幅に強化できることが実証されています。しかし、残念ながらこれだけで不正利用を完全に防ぐことはできていません。一部のイシュアーにおけるウォレット登録時(プロビジョニング)の脆弱性を突いて、不正ユーザーがウォレットを悪用する新たな手口も確認され始めています。

FIDOとパスキー

高速なオンラインID認証(FIDO)とパスキーの急速な発展を受け、決済の中で所有権の明確な確認を可能にする生体認証の採用がさらに加速することが期待されています。パスキーは、パスワードに代わる存在で、公開鍵暗号方式をベースとしており、ウェブサイトまたはアプリケーションごとに固有のものです。

業界で広く採用されているFIDO標準により、他の関係者も同様の安全かつシームレスな決済体験を提供する機会を得られます。例えば、ブラジルで急成長している即時決済方法である「Pix」は、PSP各社と連携してPixアカウントをモバイル端末に接続し、パスキーを活用することにより、今まで以上に直感的な決済体験を実現しています。

パスキーによる決済がゲームチェンジャーになるかどうかはまだ判断できませんが、デジタルウォレットと同様に、安全でスムーズな決済体験を提供する手助けになることは確かです。

信頼のおけるパートナー

生体認証やFIDOなどの強力な認証技術は、主要な関係者の多様な要件を満たすことにつながる大きな前進といえるでしょう。1つ確かなのは、不正利用犯は次々と新しい手口を生み出すということです。だからこそ、信頼のおけるパートナーの力も借りて、情報の非対称性の問題に対処することが重要です。

決済チェーン内の多くの関係者が、最も質の高い情報を有する関係者に意思決定を委ねることで、全体として最適な判断が可能になります。

国際ブランドや決済手段の提供元は、PSPのデータセットよりも大きなデータセットを保有している場合があります。しかし、彼らは加盟店と直接つながっていないという構造的なハンディキャップを抱えています。他方、PSPとして機能しないリスクソリューションは、データの規模が足りないため、決済体験や認証プロセスに影響を与える力も限定的です。

その点、PSPは決済チェーン内での立場とその結果としての顧客(ショッパー)データへのアクセス性を踏まえた上で、情報の流れを統合・最適化する役割を担うのに最も適した存在だといえます。PSPは、世界中の商取引に関する膨大なデータセットを日々蓄積しており、信頼性の高い消費者と不正利用犯を区別するための強力な土台となっています。

これは加盟店にとっても大きな利点です。自社にとっては新規顧客であっても、PSPは以前にその顧客を認識している(取引履歴がある)場合があるからです。小売業界の場合、Adyenは顧客を90%の確率で認識しています。

グローバルなPSPプラットフォームには、個々の取引を関連付けて、これまでの顧客のコンテキストを構築する能力があります。このエンティティ解決により、各取引グループから新しいパターンと結論を導き出す能力が得られ、最終的にリアルタイムでコンバージョン率を改善することが可能になります。

PSPは加盟店と直接接続されており、データの収集が可能なだけでなく、決済体験にもリアルタイムで関与できます。PSPは、各顧客の固有の履歴データをもとに、不正利用リスクをより正確に見極められるだけでなく、誤検知のリスクや優良顧客をブロックしてしまうリスクを低減することができます。

さらに、信頼性の高い顧客には、例えば決済時にクレジットカードのCVCや住所確認(AVS)のフィールド入力を省略したり、追加の認証チェックを不要にしたりするなどの形で、スムーズで迅速な決済体験を提供することも可能です。

PSPの役割拡大を求める声

業界では、国際ブランドのデータのみのフローに対するサポートが拡大する中で、PSPがより大きな役割を果たすべきであるという認識が強まっています。そうなれば、認証用にすでに導入されているインフラであるEMV 3-Dセキュアを介して、アクワイアラーが(加盟店の)データをイシュアーと便利に共有できます。当社が行ったデータのみの実験では、コンバージョン率の向上と不正利用の大幅な減少という有望な見通しを確認できました。

同様に、一部のイシュアーは、国際ブランドによる既存の仕組みを超えて、アクワイアラーとのデータ共有に積極的に取り組んでいます。たとえばCapitalOneの「Direct Data Share」プロジェクトがその一例です。このプロジェクトでは、オープンソースAPIを用いて、アクワイアラーは、承認リクエストの数ミリ秒前に追加データを送信することができます。アクワイアラーの「不正利用リスクスコアー」にもメリットは明白に表れており、Capital One側での不正利用の増加なしに、コンバージョン率が70ベーシスポイント以上も一貫して上昇していることが確認されています。

コンバージョン率をさらに高め、不正利用をさらに減らすためには、PSPが実施した正確なフィルタリングに対し、より透明性の高い方法でイシュアーから報酬が提供されるような仕組みを、業界全体で作っていくことを目指す必要があります。

機械学習による決済最適化への初の取り組み

決済最適化におけるPSPデータの価値は、機械学習と組み合わせることで高まる一方です。不正利用対策に用いられる機械学習の精度と正確性は、あらかじめ定義済みの条件に基づくビジネスルールよりも優れていることが実証されています。精度、拡張性、適時性などの明白な利点の他にも、マクロ経済の焦点が収益成長から利益へと移行していく中で、機械学習の運用効率に対する関心が高まっています。

従来、決済処理には数多くの連続した意思決定が必要で、これらは個別に下されていました。例えば、不正利用リスク分析ではサードパーティによる不正利用の可能性を予測しますが、その際、認証モデルはまったく考慮されません。業界として取るべき次のステップは、一連の局所最適な成果の代わりに、全体最適な成果に焦点を移すことです。

Adyen Upliftにより、グローバルな最適化の有効性を示す明確な成果が見られています。個々の判断を統合し、各顧客についての最適な成果をプラットフォームレベルでまとめることにより、コンバージョン率、不正利用、コストのバランスが取れるようになります。

機械学習モデルの説明可能性

機械学習への依存が高まることで、高いパフォーマンスが保証される一方で、加盟店、PSP、およびイシュアーの間で利害対立が発生する可能性という新たな課題が生じます。こうした課題を緩和するためには、機械学習に基づく意思決定の解釈可能性と説明可能性が極めて重要です。

加盟店は、コンバージョン率、コスト、不正利用のバランスを踏まえ、さまざまなリスクおよび決済戦略を並行してテストし、自社のビジネスに適した戦略を見つけ出す必要があります。AIソリューションの体系的な実験を加盟店が管理することで、変化する決済行動に対応しやすくなるほか、管理された環境下で実世界のデータに基づいてモデルを改良できるようになります。

決済管理に有意義な自動化を導入できれば、PSP全体にわたるインサイトに基づく管理と効果的な提案を行い、手動操作を減らして効率性を高めることができます。決済処理の設定に変更を加える場合は、その前に、該当の変更が加盟店の重要な成功指標(コンバージョン率、不正利用、コスト)にどのような影響を与えるかを検証する実験を行う必要があります。

最後に、データの管理責任を果たすための継続的な投資が必要です。銀行免許を持つ大手PSPやアクワイアラーは、決済データの収集、保護、保存、利用に関する強力な管理機能を活用できることから、そうした投資も実行しやすいでしょう。

決済処理の未来

決済処理に関わるすべての関係者にとって、情報の非対称性を解消するのは今後も最優先事項です。生体認証やデジタルウォレットの採用が拡大すれば、ユーザーの身元を明確に確認しやすくなり、ユーザー体験を損なわずに不正利用を減らせるようになります。

信頼のおけるパートナーとして、バリューチェーン内の他の関係者に対し、取引の背景にあるリスクや身元に関する正確かつタイムリーなインサイトを提供できれば、さらなる価値を実現することができます。

機械学習や大規模なデータセットが「あれば便利な存在」から「なくてはならない存在」へと進化していくにつれて、今まで以上に効率的で信頼性の高い決済インフラを追求する関係者にとっては、実験ツールを利用することが最優先事項となるはずです。

AIを活用した決済最適化についてもっと詳しく知りたい方は、Adyen Upliftのページもご覧ください。

最新の情報を直接お届け